2008
吉村昭の同名短編小説を原作に、死刑に立ち会うことになった刑務官たちの苦悩を描いた人間ドラマ。出演は小林薫、西島秀俊、大塚寧々など。
先行上映を見る機会があったので、見ました。
結婚を目前に控えた刑務官の平井(小林薫)は有給休暇を使い果たし、新婚旅行に出掛けられずにいた。披露宴を週末に控えたある日、収監中の死刑囚、金田(西島秀俊)の執行命令が下る。執行の際、下に落ちてきた体を支える“支え役”を務めれば1週間の休暇が出ることを知った平井は、誰もが嫌がる支え役に自ら名乗り出る。
このあらすじからもわかるように、とても重たいテーマを描いた映画です。
物語は、とても淡々と、死刑執行に至るまでと、その後の刑務官の新婚旅行の様子が時系列を交えながら進んでいきます。
刑務官というと、厳しかったり怖かったりするイメージですが(プリズン・ブレイクのせいか??)、この映画に出てくる刑務官の人たちは、いたって普通の素朴な人々でした。すこし軽率な新人の刑務官は重い映画の中にあって、和ませてくれます。
死刑制度の賛否は、常に議論されていますが、この映画はそれに対して、何かを声高に主張するような映画ではありません。ただ、一つのとても重要な視点を与えてくれる映画だと思います。
この映画のとても優れた点は、死刑囚の背景(どういう罪を犯したのか、どういう人格か)を排除したところです。西島さんの演じる金田は少し不気味な雰囲気を漂わせているつかみどころのない人物として描かれています。
死刑制度について論じられる時、どうしても遺族感情や、国民の感情、冤罪の可能性などが、中心になるけれど、そういった要素を描かないことによって、「人」とその死刑を執行する「人」がまっすぐに映し出されて、「死刑」というものがどういう行為か、それをつきつけられた気がしました。
先行上映を見る機会があったので、見ました。
結婚を目前に控えた刑務官の平井(小林薫)は有給休暇を使い果たし、新婚旅行に出掛けられずにいた。披露宴を週末に控えたある日、収監中の死刑囚、金田(西島秀俊)の執行命令が下る。執行の際、下に落ちてきた体を支える“支え役”を務めれば1週間の休暇が出ることを知った平井は、誰もが嫌がる支え役に自ら名乗り出る。
このあらすじからもわかるように、とても重たいテーマを描いた映画です。
物語は、とても淡々と、死刑執行に至るまでと、その後の刑務官の新婚旅行の様子が時系列を交えながら進んでいきます。
刑務官というと、厳しかったり怖かったりするイメージですが(プリズン・ブレイクのせいか??)、この映画に出てくる刑務官の人たちは、いたって普通の素朴な人々でした。すこし軽率な新人の刑務官は重い映画の中にあって、和ませてくれます。
死刑制度の賛否は、常に議論されていますが、この映画はそれに対して、何かを声高に主張するような映画ではありません。ただ、一つのとても重要な視点を与えてくれる映画だと思います。
この映画のとても優れた点は、死刑囚の背景(どういう罪を犯したのか、どういう人格か)を排除したところです。西島さんの演じる金田は少し不気味な雰囲気を漂わせているつかみどころのない人物として描かれています。
死刑制度について論じられる時、どうしても遺族感情や、国民の感情、冤罪の可能性などが、中心になるけれど、そういった要素を描かないことによって、「人」とその死刑を執行する「人」がまっすぐに映し出されて、「死刑」というものがどういう行為か、それをつきつけられた気がしました。
死刑制度について、井上達夫教授の読売新聞の記事を引用したいと思います。
『・・・さらに、死刑制度の適用者・執行者が「司法的殺人」への加担により負う倫理的な傷がある。殺人の合法化は正当防衛や戦争の場合にもあるが、これらは基本的に「殺さなければ殺される」という限界状況での殺人なのに対し、死刑執行は、身柄を拘束され攻撃能力を剥奪されたものの殺害、ときに己の罪を深く改悛した者の殺害であり、しかも終身刑のような攻撃能力剥奪を恒久化する代替手段があるにも拘らずなされる殺害である。その倫理的な傷は一層深い。この傷は民主国家においては、司法的殺人を要請する法律を立法府に制定・存続させている主権者国民も負う。・・・』
世論的には、死刑制度存続に賛成の人が多いといいます。政府もそれを言い訳のようにして、死刑制度廃止に後ろ向きです。法務大臣の発言なんて論外です。
死刑制度の賛否を論じる時、自分も当事者であるという自覚を持たなければいけないと感じました。死刑を執行する人の手は、確かに私達国民の手でもあるのだから。










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